2022年2月号の敦賀市広報誌『広報つるが』掲載のコーナー「つるが歴史遺産」では、寅年にちなんで、西福寺(敦賀市原)が所蔵する「竹虎図襖」(市指定)をご紹介しました。

 その掲載記事内では、4面の襖(図1、以降襖Aと記します)を取り上げましたが、実は同寺には同じ画題の襖がもう4面所蔵されています。こちらでは、そのもう4面の襖(図2、以降襖B)をご紹介します。

図2:西福寺所蔵「竹虎図襖」(襖B)

 『広報つるが』で掲載した襖Aには、2頭の虎が竹藪の近くにたたずんでいました。襖Bには、ぐぐっと身をかがめて水を飲む虎の姿が描かれています。目線が水面の方に向き、水分補給に集中している様子です。

西福寺所蔵「竹虎図襖」部分図
西福寺所蔵「竹虎図襖」部分図(襖B)

 襖AとBの風景は繋がっているのでしょう。川のそばの竹林でリラックスしている虎たちの姿が、親しみやすく印象的です。

 落款もなく作者は不明ですが、虎の描き方、画風などから、襖Aと同様、狩野派系の同一の画家が描いたとみて良いでしょう。どちらも江戸時代の制作と考えられます。

 見て分かるとおり、絵の中の虎の模様は実際の虎とは異なります。虎画の解説ではよく言われますが、18世紀頃までの日本の絵師たちは、この国に生息しない虎の姿を、中国や朝鮮などの限られた資料を頼りに描いていました。そのためか、とても個性的な虎の絵がたくさん生み出されてきました(参考図版1)。動物園や写真などで実際の貫禄ある虎の姿を知っている現代の我々からすると、当時の絵師たちが描く虎には、おかしみや愛らしさを感じてしまいます。そこが虎画の魅力と言えるでしょう。

参考図版1:中村西渓「猛虎図」
参考図版1:中村西渓筆「猛虎図」

 江戸時代後期に活躍した岸派の祖である岸駒(がんく)は、虎の頭骨や脚を入手して研究し、真に迫ったリアルで獰猛な虎を描きました。岸駒が生んだ猛々しい虎画は、岸派のスタイルの代表となりました(参考図版2・3)。

 西福寺の襖絵に話を戻しますが、先述の襖Bは、かつては襖Aとは別室の、住職の寝室に当たる部屋にはめられていました。

 山の神であり、魔除けとされた虎は、「虎嘯風生」こしょうふうしょうという言葉があるように、優れた人物や勇ましさの象徴として時の武将たちに好まれ、城を飾る障壁画にもよく描かれました。しかし、本作の虎は、勇ましさの象徴、威嚇して邪を払う存在というよりは、もっとおおらかな要素を感じさせます。住職が心穏やかに安心して過ごせる場として、ゆったりと空間を守る虎が置かれたのかもしれません。

 「竹虎図襖」は、昭和59年3月1日付の市指定では襖Aの4面のみ登録されていましたが、平成18年4月12日に襖Bが追加指定され、現在は全8面が市指定文化財として同寺に保存されています(非公開)。

(A.K.)

図1・2の作品:西福寺所蔵/参考図版1~3の作品:敦賀市立博物館所蔵